雪のひとひら
薄水色の寒空を見ていた時、ふと、ポール・ギャリコの『スノーグース』の一場面を思いだした。
きっと、娘が戦争へ行った男の事を想い
「あんたの事が好きだったんだよう」
と口にしたのは今日のような少し風があって、寒さが空気に沁み渡り始めて透明度が上り、空の青さにも繊細さが出てくるような日だっただろうと思った。
「あんたの事がすきだったんだよう」という言葉は切実でありながら、男に伝わることはない気持ちを捨てる様な投げやりさもあり、何処かで伝わればいいという希望を持った悲痛さと、男を想う愛が残っている、複雑な告白のようなだった。
そういう複雑さは薄水色の寒空が似合う。
凍えるような寒さの灰水色でもなく、突き抜けるような青さでもなく、
空気の中にすぅと染み込んで、霧散して天へ吸い込まれていくような、そういう、救いに近い形で昇華するには薄水色の空が一番良いと思い、今日の空は丁度いい色合いであった。
『スノーグース』本編の記憶はすっかり薄れ、私の妄想と書き換えられているかもしれないが「娘はきっと、泣いただろうなあ」と思った。
冬の寒さで冷たくなった頬に、熱い涙が伝い流れ、声も出さずに静かに泣いただろう。
もう会えないがそれでも愛おしむ気持ちと、その気持ちを諦めてしまわなければならない現実とで、静かに涙を流しただろう。
脳裏に流れていく面影と感情をひとつひとつ整理して、恋を終わらせた時、彼女は雪の中を、みしり、みしりと歩いて家路についただろう。
と、そういう想像が頭に流れた。
流れ終わった後、何か私の中でも終わったような気がした。
何かは分からないが、空の中に吸い込まれていくものがあり、妙に悲しい気持ちが起こったのだ。
分からないまま時間が経ち、帰宅途中、予報にはない雨がちらちら小さく降ってきた。